ハライチ岩井勇気のエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』を買いました。
「僕の人生には事件が起きない」が発売されました。
商品リンク https://amzn.to/303UbIO ※2019年9月26日発売
ついに、岩井勇気の初めてのエッセイ集「僕の人生には事件が起きない」を買った。BookBangで連載の「僕の人生には事件が起きない」を過去にブログで4回ほど取り上げたことがあった。
BookBangの「僕の人生には事件が起きない」をブログで取り上げた際の成績
ブログを始めたのが2019年の2月!
それから9月中旬までの半年で合計29記事を投稿したが記事の合計アクセス数が850アクセス。
しかし、新潮社から「僕の人生には事件が起きない」が発売されると決まってから少し期間が経ち発売一週間前になると、アクセス数がみるみる伸びていった。およそ2000アクセス。たった一か月足らずで半年の倍のアクセス数を取った。
そしてもう一つ報告したいのが検索ランキング。検索ランキングとは検索すると、どんなキーワードで何位にヒットするかだ。
「ハライチ岩井 コラム」4位
「岩井勇気 コラム」3.2位
「ハライチ岩井 エッセイ」15位 ですね。
もちろん、リンクからBookBangにも多少は流れたんじゃないかなと思う。貢献できたかな?
あ、でも、これはもっと朗報ですよ。
本が発売されたので、リンクをちゃんと貼りました。現時点で1冊売れました。これは確実に貢献できたな!
岩井勇気の「僕の人生には事件が起きない」を買った経緯
「僕の人生には事件が起きない」を買ったのは10月8日(火)。出来れば発売日に買おうと思っていたが、テストですっかり忘れていた。
売り切れで、どこの店舗に行っても置いてなかった。約5店舗だったかな?
Amazonなどの通販でも1週間以上の待ちがあったが、本屋ではいつ入荷されるのかも定かではなかったのでAmazonで買うことに決めた。
なぜ、アクセス数が増えたのか?
アクセス数が増えた理由を探ってみます。
「僕の人生には事件が起きない」が発売されたのが、一番大きいですね。
発売されるのが決まると、みるみるアクセスが伸びました。
発売される前と後の比較
|
発売される前 |
発売された後 |
1日あたりのアクセス数 |
約3pv |
約25pv |
掲載クエリ数 |
約5未満 |
約20以上 |
おもなアクセス元サイト |
Google,Yahoo! |
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平均掲載順位 |
約10位 |
約10位 |
これから、「僕の人生には事件が起きない」を取り上げる!?
これからのブログはどうするのか?
もちろんこれからも、「僕の人生には事件が起きない」について取り上げていきたいと思います。
BookBangでも連載をしていたが、2週間に1記事で、時期を逃すとブログが書けなくて何度か諦めてしまう。
しかし、これを期に書けるようになったので、時間に捕らわれずに書いてやる!
目標としては、1日100pv以上、掲載順位1位、読者登録10人を目指します。
ハライチ岩井での気づき、同窓会の怖さ!!思考停止しないために~
芸人のハライチ岩井がBookBangや文芸誌の「小説新潮」で連載しているコラム・エッセイ「僕の人生には事件が起きない」について書きたい。
2019年3月26日に投稿した記事をイチから書きなおしたい。
岩井勇気の「僕の人生には事件が起きない」が出版、発売されたからだ。
「僕の人生には事件が起きない」
商品リンク https://amzn.to/303UbIO ※2019年9月26日発売
もちろん買った!
BookBangで連載を読んでブログを書いていた。しかしBookBangでは第2・第4金曜日と更新日が決まっていたため、時期を逃すと特に理由はないが書けなくなる。
そういったことがあって、制作に時間がかかると諦めて消してしまっていた。
しかし、本が出版されたことによって書きやすくなった。そういったこともあり、書き直すことを決断した。
テーマは「同窓会」
このテーマは確か本書になかった!BookBang ・Web版の「僕の人生には事件が起きない」で9月30日に再投稿されている。チャンスだ。
少しは内容が変わっていると思ったが、恐らく何も変わっていないだろう。
私も上記で書いてある通り「同窓会」をイチから書き直して再投稿する。
「同窓会」という単語を聞くだけで書きたいネタがいくつか思い浮かぶ。忘れる前に書きたくなるネタだ。私はまだ「同窓会」をする年齢ではないので書ききれるかという不安もあるが書くことにしよう。
まぁ、私は年齢に関係なく同窓会には誘われることはないのだが・・・。
もちろん私は「妬み・僻み」で誘われないと言っているのではない物理的に誘われないのだ。
なぜかというと、私はもちろんクラスに馴染めず、先生にいじめられ高校を辞めた。転校先の通信制高校では同窓会が出来る人数がいないだけではなく、馴染めなかった。馴染めなかったとはいっても馴染めるほど人に会う機会がなかったのも原因ではある。そしてその後も卒業式にパスしたりと色々あった。
こんなんで誘ってきた方がビックリだ。
「ひねくれ3」の1人の岩井勇気が「同窓会」というテーマでコラムを書く!
私はナイフとフォークを両手で持って鴨の丸焼きをどう食してやろうかという気持ちになった。それくらいワクワクした。
今回もテーマを語るだけでこんなに長々と書いてしまった。今回のテーマでこんなことを考えながら読み始めた。
岩井は同窓会が苦手だという。それにはちゃんとした理由があるみたい。
しかし、私は得意なもの・苦手なもの・好きなもの・嫌いなものが曖昧でハッキリした意見がない場合が多い。周りの人がYESといえば自分もYESへNOと言えばNOというだろう。
一歩間違えばいじめを加速させることにもなりえる事だと思うとゾッとしたし反省した。
「同級生同士で集まった時の話題が毎回一緒なのだ。」
この1文から見てみることにする。躊躇して言えない・書けない強気なことを書く勇気が素晴らしい。
自分の奥底にある思いを代弁してくれる感じがしてスッキリして気持ちがいい。
そして、この記事を読み終えると、そこまで気にもしなかった『同窓会』の見方が変わった気がする。
『学生時代は楽しかった』という記憶を植え付けられ、大人になってもその記憶に縛り付けられている呪いように見えるのだ。
これは『同窓会』だけの話だけではなくて
この記憶を植え付けられていることにも気づきもせず、縛り付けられることは非常に恐怖に思えた。これが、過去の栄光を忘れられないやつだ。
醜いプライドが捨てられないのも、そのせいで生産性が落ちるのもその栄光ってやつが原因だ。
本当に不思議な文章だ。こんな文章は私には書けない。
無知の知、間違っているのにも気づかないのが怖い。堂々と書けるようになるにはたくさんのことを知る必要がある。文脈、構成、単語の意味わからないことが多すぎる、知らないことが多すぎる。
スッカっとする文章うらやましい!
芸人・ハライチ岩井勇気 のコラム・エッセイ「ダンボールバラバラに解体に切り刻む」を読んで
芸人・ハライチ 岩井勇気の連載エッセイ
タイトルは「ハライチ岩井がダンボールを切り刻んで「後味が悪い」と感じた理由」
テーマは「ダンボール」。
このコラム・エッセイを掘り下げて読んでみることにした。
「僕の人生には事件が起きない」
商品リンク https://amzn.to/303UbIO ※2019年9月26日発売
ダンボールについて
通販無くして生きてはいけないという人も少なくないだろう。そんな通販、注文すると必ずと言っていいほどダンボールに入って注文の品が届く。
素晴らしいサービスだ!
商品の保護やプライバシーの保護、積み込みなどの輸送コストをとって見てもコストパフォーマンスのことを考えればこのサービスが最適なのだ。
しかし、コラムでも書かれていたが、
家にダンボールが溢れ返ることがたまにある。
私も、ネットで買い物することが多いので溜まりすぎて困ることがある。
これだけではない
段ボールは嵩張る(かさばる)ので外にだし置くことがある
撥水性にも吸水性にも優れているが、さすがに長時間雨にさらされ続けると何十倍も重くなる。
そしてもろくなってグチャグチャになるんです。そんなダンボールはゴミ回収してくれないことだってあります。
通販を使う人の不満のほとんどはダンボールの「s処分」だったのです。
何でもかんでも、ダンボールに梱包されていて資源の無駄(環境に悪い)じゃないか?と思いませんか?
しかし、ダンボールであることに
・ダンボールの95%以上リサイクルであること
・リサイクルの際も段ボールは簡単に水で戻せるためCO₂の排出が極端に少ないこと
繰り返し使うことのできる耐久性に優れた物質のケース(プラスチック容器)を使えば、資源の無駄使いにならないじゃないか!
しかし、プラスチックケースも物質です。いつかは壊れてしまう。
そのプラスチック容器を製造する時、リサイクルする時に排出するCO₂の排出はすごく大きいものになります。
結果、さまざまな物質に比べてダンボールは環境コスパにもかなり優しいのです。
花瓶インテリアのこだわり!?
「花瓶だけで花は飾らない」という斬新さ!確かに花の手入れは本当に面倒臭い。
輝く花瓶に中途半端な生け花をすると、花瓶の価値を下げることになるしインテリアとして成立しなくなる可能性がある。
もっと言えば、部屋自体が変になることだってある。何も手を付けないのが一番だとも思う。
花瓶は花を飾って初めて花瓶の役割を果たし訳であるから花瓶に何も挿さないのは、人間して違和感があるのは仕方がない。
私も、ここまでは同感だし、そんな違和感を感じるだろう。
しかし、枯れた木を挿すという発想までは、自分の頭が追い付いてなかった。
推測であるが、枯れた木を挿すことで植物がたどった過程・背景を芸術と呼んでいるのだろう。
実際、下手な生け花をするより、よっぽど、しみじみとさせられるだろう。
ダンボールエピソード
一心不乱にダンボールをバラバラに刻んだ。
ダンボールは家にたくさんある。これを使えばストレス発散になると私は思う。
私も岩井勇気のように1、2か月前にカッターでダンボールを切り刻んだことがある。
私はカッターを買って間もなかったので、無茶苦茶切れ味が良く、スゥーーっと切れていく感覚がたまらなかった。
同時に日頃のストレスがスゥーーっとなくなっていく感じがして癖になるほどだった。
ずいぶん、これには助けられた。ハンドスピナーみたいな感覚に。いや、紙を破ると気持ちい感覚のほうが似ている。それの何倍のも振動など音が手に伝わってくる。
「カッター段ボール用 段ちゃん」 リンク:https://amzn.to/34HMVCd
しかし、ここでの注意点は、
カッターの切れ味・もちろん手を怪我しない・ダンボールを切っていることだ
文章構成
才能渋滞
このコラムにはこんな一説がある。
納戸に入れてあったダンボールを引っ張り出してきて、リビングで切り刻む。普通のカッターではなかなか切れず、戸棚の奥からさらに太いカッターを出してきて力任せに解体する。…(省略)
これが何かに似ているのだ。
この時点では少し違和感はあるがそのまま読み進めることができる。
家のどこかに隠していた死体を引っ張り出してきて切り刻もうとするが、普通の刃物では刃が入らず、大きい刃物を持ってきて力任せに解体する。
汗だくで死体をバラバラにした後、庭のボックスに入れて蓋を閉め、家に入って洗面所で念入りに手と顔を洗う。
この2つの文、すごく形が似ている。逆に1文目の違和感はわざと作っている、、、
2文目で1文目との記憶とをバッチリすり合わせるためだ。
このことは、天性の才能であろう。
バラバラ・切り刻む・解体する
これらのキーワードが連想のキーワードである。ワードを入れのselectセンス。
警察が来たら!分かってはいてもやっぱり…
ダンボールをバラバラに解体する行為を死体で連想してしまったら怖くてしょうがない。
しかし、そんな時に最悪な時に警察が家に訪問してきた。こうなったら怖くて仕方がないだろう。
岩井もこう語っている
タイミングが合いすぎていて、僕は少し後ずさりした。心拍数が上がる。もしかして庭のボックスの中身に感付かれたんではないだろうか。それとも近所から異臭がするなどの通報があったのか。
警察が来る前に、こんな連想をしなくても「ドキっと」する人も少なくないんじゃないか?
ましてや、こんな嫌な連想をしてしまった後にこんな出来事が起きたらたまったもんじゃない!
ここまで来たら、何もやっていないと分かってはいても何かしたんじゃないか?と思ってしまうであろう。
もうダメだ、腐り始めてやがる……
「もうダメだ、腐り始めてやがる……」
この言葉は何に対しての言葉なのか?
ダンボールなのか?それとも、もともとあったボックスの生ごみなのか?死体なのか?
ダンボールを生き物・生物のように扱うことで、死体にも生ごみに発想を展開できるように作られている。
発送を展開できるワードを様々なところに散りばめているので、文字数の何倍もの楽しみが生まれる。
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オードリー若林 自意識過剰が私の首を絞めたようで・・・💦
以前から自分は少し自意識過剰だとは思っていた。
オードリー若林の本「社会人大学 人見知り学部 卒業見込 」の自意識過剰を読んで自分は結構な自意識過剰なんではないかと思うようになった。
「社会人大学人見知り学部」 (著) 若林正恭
商品リンク https://amzn.to/2UUN4gO
そこでちょっと思い返してみると、
レジの人に「こいつ割引商品しか買わないのか」と思われるんじゃないかと不安になるせいかスーパーでも半額のシールが貼られていてもなかなか買う気にはなれない。
他にも、自分を大きく見せようとしてしまったり、人前で話すときも他人の評価が気になって緊張してしまったりほんとダメ人間。
服を買いに行っても、自分の服がその店のものだったら凄く入り辛い!
そして興味深い記事を見つけた「生きづらさの原因は自意識過剰?」。恥ずかしがり屋なのも何をするにしても腰が重いのもおそらく自意識過剰が原因だ。
そして私は自意識過剰な性格はすぐには直せないと思う。
この記事を読んで自意識過剰な性格のせいでかなり人生損しているっことに気をあげることが出来れば恥ずかしさなどが軽減されるのではないかそう思った。
それからは自己啓発本を買ったり痩せようと週一でジム行ったりスマート
ウォッチをかって消費カロリーを気にしたりと様々なアクションをするようになった。スペックは上げることをできたかは分からないが少なくとも充実するようになった。
私は「社会人大学 人見知り学部 卒業見込」を読んで自分が自意識過剰な人間だと知ることが出来た。このおかげでアクションを起こすようになったし生活が良くなった。
もしこの本に出会わなかったらかなりの時間を無駄にするかもしれないと考えると、かなりぞっとした。無知の知は大事なんだと改めて感じることが出来た。
他にもこの本はオードリー若林の面白いことから共感を得るものまで様々なエッセイが書かれてあり上のように様々な発見が出来る。
自分では当たり前だと思っていたことでも世間や周りからみると恥ずかしいことだったり非常識だったりと周りを不可解にしていて友達を知らず知らずのうちに友達を失っていたなんてこともあったのかもしれません。この本を読むと新たな発見が出来ます。
この本だけではなく、たくさんの記事やブログなどの体験談、主に本、お勧めするのは小説を読んで、情報を取り入れることは情報社会ではとても大事です。
価値観がずれたままSNSなどに取り上げられると悲惨なことになります。バイトテロや炎上などもこれが原因だと考えられる。
人の価値観を知る!(どんなことを言われると不快になるのか!
これだけで、上のネット上の問題だけではなくハラスメント問題の解決につながるのではないか?
〈参考リンク〉
社会人大学 人見知り学部 卒業見込 https://amzn.to/30uPNiO
生きづらさの原因は自意識過剰?https://news.nicovideo.jp/watch/nw4458630
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心を澄ませ!「南沢奈央の読書日記」想像が聴かせてくれるラジオ「傲慢」なのか「寄り添うこと」なのか。
毎週金曜日に更新していて、いつかブログを書きたいと思っていた。私は読書も読書感想文も嫌いでブログしようと何回かチャレンジしたが、私にはとても難しく今回も書き切れるか心配だ。
しかし、今回は「無理をしてでも時間がかかってでも書きたい!」そう思わせてくれた。
もうこれだけの文を書くだけで、1時間以上かかってしまった。
最初から自分にとって衝撃的だった!
忘れてはいけない、風化させてはいけない!(省略)これは、誰に向けての言葉だろうか。どんな気持ちで言葉にしているのだろうか。きっと自分への戒めの意味が一番大きいのだと思う。
この文を読んだとき、「誰に向けての言葉なのか」について考えたことが無かった。ましてや、この文を読んで「確かに忘れてはいけないなぁ」とも「いーや、忘れても良いんじゃないか」とも思わなかった。
私はこのことに関してだけではなく様々なことに対してただ無頓着だったのかもしれないことに気付かされた。凄く後悔した!
後で、この文を辞書を使いながら再度読み返してみた。
時が進む限りは忘れる、風化することを止めることは出来ないだろう。しかし遅らせることはできる。みんな頭では分かっているだろう、だから忘れないように声に出すのだと改めて読んで理解できた気がした。
「戒め」とは
禁を犯したり、失敗したりすることのないように前もって注意を与える。
この意味を知った。
この人たちは忘れたり、風化することに凄い危機感を持っているようだ。
この時点で気付いてしまった。あぁ、まだ文章が他人目線になっている。まだ私は芯まで考えられていないようだ。凄く悔しい。もっと普段から考えるようにしようと改めて反省させられた。
ほんの2、3文読んだだけで自分の愚かさや人間の儚さや無念さなど学ぶこと知ることが出来た。
最後まで、この日記を読み直した。
本当に難しい。
想像ラジオ いとうせいこう ハードカバー ¥1,512 文庫 ¥486
東日本大震災を背景に生者と死者の新たな関係が描かれている。
この本を読んでの新たな気づきや思いがこの日記に書かれてあった。とても勉強になった。もしこれ読まなかったら、「想像ラジオ」を聴こうとすらしなかっただろう。
聴こうとして初めて私は想像することを拒否してしまっているのだと気づかされた。
「何故聴こえないのか?」「もしかしたら実は聴こえてるのじゃ。」いろいろと考えさせられた。次第に「想像」とは何かとまで思うようになってしまった。ホントこの2,3日日は考えた。
「想像のラジオ いとうせいこう」が読みたくなった。気づいた時には「想像のラジオ」について調べていた。
その時「突然に、何の落ち度もないのに命を失った人たちの声。これが聴こえるというのが傲慢なのか聴こえるということが、死者と寄り添うことなのか、読み終わった後も答えがでない」と書かれたコメントに出会った。
その時は、ほんとうにその通りだと思った!しかし、想像しようと(聴こうと)すらしなかった私は答えがで無くて当たり前だった!
この日記そして「想像ラジオ」に出会って何度も何度も考えさせられた。おそらくすべては理解できていないと思う。問題定義以前の問題が自分にはあると気付くことも出来た。
〈参考リンク〉
南沢奈央の読書日記 8年分の想像
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